2023.09.27
対談シリーズ
日本眼科医会 常任理事 柏井真理子先生×放課後NPOアフタースクール 代表理事 平岩国泰氏
人生100年時代を生きる子どもたちの健全な成長に必要なものは?
ICT教育において子どもの目を守るために必要なこと
外あそび推進の会事務局(以下、事務局):まずは、自己紹介をいただけますでしょうか?
柏井真理子先生(以下、柏井先生):私は京都市で眼科クリニックを開業しています。日本眼科医会では10年間ほど乳幼児・学校保健担当常任理事をしており、人生100年時代といわれる今、子どもたちの幼少期からの目の健康の管理が非常に大事だと考えています。現在、眼科医会で大きく取り組んでいるのは、子どもの弱視です。3歳児健診でしっかり検出できるよう「屈折検査」を導入したり、また、一旦視力を獲得するもすでに近視発症のため早いうちから裸眼視力が落ちてくる子どもたちが増えてきているので、子どもたちの目の健康のリテラシーを向上させる啓発活動に努めたりしているところです。
平岩国泰氏(以下、平岩さん): 放課後NPOアフタースクールというNPO法人の代表をしています。学校法人の理事長や渋谷区の教育委員も務めており、本日は子どもたちのことや学校のことに幅広く関わっている立場からお話しできればと思います。「外あそび推進の会」にも参画しており、昨年は子どもたちと一緒に、こども家庭庁の小倉將信大臣(当時)に「もっと外あそびがしたい」「外あそびのできる環境を整えてほしい」といった子どもたちの声を届けるという活動もさせていただきました。
デジタルデバイスが浸透する教育現場の実態と課題
事務局:近年、ICT教育の本格的な導入が始まりました。児童・生徒の近視の動向について教えていただけますでしょうか?
柏井先生:ICT教育自体は良いことなのですが、問題は、子どもたちにデジタルデバイス使用に関するリテラシーがなく、既にゲーム機器の使用で目を酷使している状況のところに、タブレット等を使った学習が加わってきているということです。文部科学省による学校保健統計調査では、裸眼視力が1.0未満の子どもは、小学校では37%、中学校では61%と過去最高になっており、裸眼視力が0.3未満の小学生は30年前に比べ3倍以上になっています。就学前から近視になる子どもたちも多くなってきていますが、近視は、緑内障や網膜剥離、近視性の黄斑症などのリスクが高まりますので、人生100年時代に一生涯、目の健康を保つためには、幼少期にいかに近視を進ませないようにするかというのが大きなポイントとなります。東アジアはもともと近視が多いのですが、中国やシンガポール、タイなどは、国レベルでの対応を考えています。日本はその取り組みがかなり遅れており、ギガスクール構想が始まったこの時期に、ICT教育の推進と並行して、国レベルで近視対策を考えていかなくてはならないと思っています。
事務局:学校や学童の現場で、小学生のデジタルデバイス使用の現状はいかがでしょうか?
平岩さん:そもそも生活におけるスクリーンタイムが非常に長い状況の中で、学校でもデジタルデバイスが配布され、さらに使用が増えているかと思います。文部科学省による令和4年度のデータを拾うと、ほぼ毎日ICT機器を使ったという学校は27%ぐらいです。割合は令和3年から4年にかけて大きく伸びてはいますが、大体週3日くらいまでの使用で、今はそこまで使い込んでいないようです。一方、家庭でのスクリーンタイムをみると、平日で、小学生の約半分が毎日2時間以上ゲームをやっています。ゲームとは別に、スマホやSNSを触っている子どもは半数に上ります。
柏井先生:家庭において子どもたちがそんなに長い時間デジタルデバイスに触れている時間があるとは驚きですね。食事や入浴、家族の団らんといった時間を考えると、どうしてそんな時間があるのかと気になります。
平岩さん:放課後に外で遊んだりせず、ゲームなどをやる時間が増えているんですよね。最近は共働きで学童保育を利用する家庭が増えていますが、実は、学童保育も一年生・二年生しか使わなかったり、地域によっては学童不足で入れないというところもあり、三年生くらいから、放課後は家に帰るという生活になっています。昔のように外でどんどん遊べる環境もないので、そうすると、家で夕方16時くらいからゲームを始めて、夕飯の間少し休んで、その後またゲームをして、といった感じです。
事務局:平岩さんは放課後NPOアフタースクールを立ち上げられて10年ほどですが、当時と、今の「デジタルネイティブ」の子どもたちを見て、どんな違いを感じられますか?
平岩さん:最近では、文字を読むことを煩わしそうにする子どもをよく見かけます。何か説明が必要な時にも、ゆっくり説明書を読むというよりは動画を見たがったりします。正確なデータがあるわけではないですが、文字離れ・本離れはとても進んでいると思います。僕たちもいろいろと工夫しながら活動をしていますが、どうしてもデジタルの魅力には勝てない、ということを認識しています。アフタースクールの活動でもプログラミングなどデジタルデバイスは取り入れているのですが、我々スタッフもどうやって付き合っていくかというのを悩みながら子どもたちと一緒にやっているところです。
柏井先生:スマホや動画の面白さ以前に、本やおしゃべり、外あそびなど、子どもたちが様々なことの面白さに興味を持てるようにできたらいいのですが、医院の待合室でも、親も子もスマホの世界にどっぷりと浸っている光景はよく見かけます。
子どもの目の健康を守るために気を付けるべきことは?
事務局:日本眼科医会では、子どもの目の健康を守るためのリテラシーの育成に力を入れていますが、どのような取り組みをされているのでしょうか?
柏井先生:これまでデジタルデバイスは親が与えるもので、教育とは離れたものでしたが、ギガスクール構想で、初めて学校側がそれを供給することとなりました。つまり、教育現場の先生方が、デジタルデバイスを利活用する際の留意点を子どもたちに伝えていくことになります。そこで、日本眼科医会では、低学年向けにわかりやすく伝えられるリーフレットや動画などの素材を作りました。「端末で動画を見せるのは目にあまり良くない」と言っておりますが、先ほど平岩さんもおっしゃっていたように、文章などで説明をするよりも、「近視はよくない」と直感的に伝えることを優先して動画を作りました。また、ストーリー性のあるもので子どもたちに楽しんでもらえるよう、漫画も作っています。例えば、目の健康には近距離での作業が最も影響しますので、端末と30cmの距離を取って、30分くらい経ったら、20~30秒くらい休憩をして、という内容です。リーフレットは教室に貼ったり、家に持ち帰ってもらい、常に意識してもらうことを期待しています。リーフレットでは、屋外での活動にも焦点を当てています。近視の予防・治療については世界中で研究が進んでいますが、その効果について今のところ一番エビデンスがあるのが「一日に1,000ルクス以上の光を2時間浴びる」ことです。私たちも、熱中症や紫外線対策をしっかりとしたうえで、外あそびの目の健康への効果について発信をしていきたいと考えています。
平岩さん:動画、面白いですね!「デジタルデバイスを30分使ったら、とにかく20秒以上は外を見ようね」というメッセージもとてもわかりやすいです。学校でデジタルデバイスを使う場面では、45分の授業の中で使用時間はおそらく30分程度でしょうから、1つのコマが終わったら、パソコン・タブレットを閉じてみんなで20~30秒外を見る、というような習慣を学校で身につけられるといいですね。先生たちがそういった知識を持って、学校の現場で実行していくことが大事だと思います。
事務局:家庭ではどういったことに気を付けるとよいでしょうか?
柏井先生:まず一つには、保護者自身がスマホやタブレットから離れる姿勢・態度が必要ではないでしょうか。今は食事の時間にも、家族がみんなスマホを触っていても平気という雰囲気があると思います。それから、保護者の方が近視についての知識をしっかり持つことですね。近視の人がなりやすい緑内障は、治療法はありますが、自覚症状が乏しく発見が遅くなる人が多いために65歳以上で失明原因のトップです。子どもたちの近視は、将来の緑内障のリスクであるということを保護者の方が理解し、子どもたちに伝えていくことが重要です。スマホやタブレットの使用時に、ただ単に「30cm離しなさい!」とか「目が悪くなる!」と叱ったりするのではなく、より落ち着いた指導ができるようになると思います。家族でスマホをお休みする時間帯なんかを作ることも大事かもしれませんね。
平岩さん:デジタルデバイスにまったく触れないという生活は難しい中で、ルール作りが大事だと思っています。一方で、毎日のように「ダメ」と言い続けたり、言い合いをしたりするのも精神的にきついので、スマホやゲームのロックの仕組みを活用したり、パスワード管理を徹底するのもおすすめです。教育委員会などでは、オンラインゲーム上でのいじめが増えてきていることや、課金トラブルといった問題を耳にします。そういう意味でも、保護者がセキュリティをかけたうえで使っていくことが重要だと思います。
デジタル時代における子どもの健全な成長とは?
事務局:生活や学習、仕事、すべての面において、デジタルデバイスは必要不可欠な存在となっている時代に、その長所と短所のバランスを保ちながら、子どもの健全な成長を守るためには何が必要でしょうか?
柏井先生:眼科についていえば、デジタルデバイスは特に低視力者にとってメリットがあります。以前であれば、拡大教科書という大きな教科書を何冊も持ち運んで大変だったのが、今はフォントサイズを上げるとか、黒白を逆転させるなどで対応できるようになりました。その他にもデジタル化のメリットは様々ありますので、推進自体はよいのですが、やはり近視や目の疲労、ドライアイといった問題があります。授業や宿題でデジタルデバイスを学習に使う時間が増えた分、余暇で使う時間についてバランスの取り方を考えることが大切だと思います。それについてはぜひ平岩さんのお話を伺いたいですね。
平岩さん:教育業界として一番の希望は、デジタルツールの活用により、今の一斉授業のスタイルではなく、江戸時代の寺子屋のように、それぞれの子が違ったペースで自分のやり方で学び、先生はそれを見守り伴走する、という学び方ができるかもしれない、ということです。子どもたちの得意なことやつまずいたポイントが科学的にわかるようになり、それぞれに適した学び方をAIやデジタルで判断しながら進めていく、ということへの期待は大きいです。しかし、やはり柏井先生がおっしゃるように、学校での使用が増えたら家庭ではどうするかという、子どもの生活をトータルで考えての使い分けが必要ですよね。その中で、デジタルデバイスと上手に付き合っていく方法としては、先ほどの「30分使ったら、20~30秒は休もうよ」というルールがとてもわかりやすいので、そのルールが浸透するのが一番よいのではないかと思いました。
事務局:デジタルデバイスの浸透度や使い方で、地方と都市部の違いはあるのでしょうか?
平岩さん:明確なデータはないのですが、最近では、都市部よりも地方の方が、ゲームや動画に触れている時間が長いという話を聞きます。都市部では、習い事や塾があったり、友だちの家も近いため約束をして遊んだりと、デジタルデバイスから離れる時間もそれなりにあるのですが、地方では、子どもたちは放課後にはすぐ家に帰らざるを得ない状況があり、そうなると、必然的に家でできるゲームや動画に時間を使います。今は空き地や道路では遊べなくなっていて、外あそびは基本公園になるのですが、公園の状況も地方によって様々で、あまり充実していないところもあります。また、公園があっても、あれこれと禁止事項があり、子どもたちにとって面白い場所ではないという声もあります。そうなるとますます、家でゲームをしているのが一番楽しい、となってしまいます。デジタルというと都市部の問題と捉えられやすいのですが、日本全国の問題になっていると感じています。
柏井先生:私の医院の近所でも、大きい子どもたちはボールあそびができないからつまらない、といって、本当に小さな子どもしか遊んでいない公園がありますね。
平岩さん:子どもの外あそびの候補地としては、公園ももちろんなのですが、やはり学校の校庭を活用するのがいいと考えています。学校の校庭はボールあそびもできますし、年代を分けて使うことで、子どもたちの安全性も確保できます。単純に校庭を開放するだけではなく、社会で、校庭を活用することの必要性や重要性を認めて、人を配置するなど、どうやって使うかということをみんなで考えていく必要があります。
柏井先生:人材として、例えば地域の高齢者に活躍してもらうことで、高齢者と子どもたちとのコミュニケーションが生まれるなど、地域の活性化にもつながりそうですよね。
平岩さん:私たちの放課後NPOアフタースクールでは、放課後に、グラウンドや空いている教室、理科室、図工室など学校施設をそのまま使う、いわば学校施設の二毛作のような活用を行なっているのですが、これはアメリカのアフタースクールをモデルにしています。日本でも、放課後の学校施設の活用をシステムとして広げていけば、子どもたちのあそびも広がるし、外あそびの効果によって近視も防げると思っています。実際に子どもたちを見ていると、ゲームとか動画が好きなのはもちろんなのですが、やはり何より、外あそびが一番好きですよね。アフタースクールにいる子どもたちの声を集約すると、子どもたちが「今、したいこと」は、「友だちと自由に外あそびがしたい」になりますね。スマホやタブレットの使用を禁止するのは現実的ではないですし、子どもたちがみんなで自由に遊べる環境づくりこそが大事なんじゃないか、というのが、私が子どもたちを見ていて言えることです。
対談を終えて
柏井先生:子どもたちが校庭など放課後の学校施設を活用する新たなシステムを広げようとする平岩さんの活動はとても重要です。ぜひ全国に広げていっていただきたいです。外あそびは、子どもの目の健康にはもちろん、子どもの心身にとって良いことと思いますので、この大変な時代に成長していく子どもたちのために、日本社会全体で、取り組みを活性化していただければと思います。
平岩さん:柏井先生がお話しくださった、就学前に近視が始まっている子どもたちが増えているということに驚きました。まだまだ近視に対する意識が低いと思うので、人生100年時代を迎えるにあたって、目を一生大事にしていくという意識が社会全体に伝わる必要がありますし、学校の先生・保護者がアクションをしていくべきとも思いました。私も今日の対談で伺ったことを社会に広げていけるよう努力します。また、アフタースクールの活動についても、柏井先生から励ましの言葉をいただき、ますます頑張っていきたいと思います。