2023.09.15
対談シリーズ
日本眼科医会 常任理事 井上賢治先生×ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社 ビジョンケア カンパニー 森村純氏
デジタル化の時代、いかに子どもの目を守るか?
近視がもつ失明リスクと子どもの目を守るための外あそび推進
外あそび推進の会事務局(以下、事務局):外あそび推進の会事務局(以下、事務局):まずは、自己紹介をいただけますでしょうか?
井上賢治先生(以下、井上先生):眼科医となり今年で30年、今の病院で20年ほど経ちました。専門は緑内障ですが、眼科一般を診ています。東京都眼科医会の役員も務めておりまして、先日は文部科学省が行なっている子どもたちの近視の実態調査に立ち会ってきました。
森村純さん(以下、森村さん): 私は2006年にジョンソン・エンド・ジョンソンに入社し、2020年から現職です。会社としても2020年以降、本格的に「外あそび推進の会」に協賛し、私も皆さんと一緒に、議員勉強会やワークショップ・シンポジウムなどの活動をさせていただいています。「外あそび推進の会」からは、2021年に子どもの健全な成長のための外あそびの重要性について政府に提言書も出されましたが、まだまだやるべきことはたくさんあると感じているところです。
子どもの近視の状況と時代のデジタル化
事務局:昨年度の文部科学省の学校保健統計調査報告では、中学生における近視が過去最多になったということです。コロナ禍の影響など、状況について教えてください。
井上先生:実感として、学校の健康診断の結果から眼科を受診される子どもたちは増えています。もちろん近視以外の方もいますが、圧倒的に多いのが近視というわけです。コロナ禍の影響も言われますが、時代の流れもあると思います。昔は、子どもは当然外で遊ぶものだったけれど、今はそういう環境ではないですから。デジタルデバイスの利用増加に伴って、例えば「スマホ内斜視」と言われるような今までにない異常が出てきたりもしています。でも、僕が学校医をやっているところの子どもたちは、校庭でよく遊んでいるなとは感じますけれどね。ただ、学校の休み時間だけでは不十分なのでしょうね。
森村さん:学校では教員の方々が「外あそび」を意識してやっていらっしゃいますが、学校外では、子どもが外あそびをするのに必要な「空間」「仲間」「時間」の「3つの間、“サンマ”」がなくなってしまうことが、私たちが推奨している「1日2時間の外あそび」の大きなハードルになっています。
井上先生:デジタル化は時代の流れで、デジタルデバイスの使用も、子どもに限らず大人も一層増えるでしょう。問題は、使い方・付き合い方を考えることにあると思います。
事務局:「GIGAスクール構想」など、子どもたちがどうしてもタブレットなどの画面を見続ける状況は避けられなくなってきています。
森村さん:GIGAスクール構想自体を私たちが否定するものではまったくありません。井上先生がおっしゃるように、やはりバランスの問題ですよね。そのバランスを、いかに、科学的に伝え、皆さんが実践できるようにしていくかが鍵だと思っています。
井上先生:スマホやタブレットの使用によるメリットは、教育の面でもすごく大きいわけです。せっかくのメリットを活かすためにも、その使い方を注意していかなくてはなりません。
近視のリスクとその知識の重要性
事務局:ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社 ビジョンケア カンパニーでは、毎年、小中高の養護教諭に対し、子どもたちの目の健康を取り巻く環境についてアンケート調査を行なっています。2022年の結果では、養護教諭の61%が、子どもたちの近視進行と将来の眼疾患・失明リスクについて危機感を持っており、その割合は前年より2割増加したとのことでした。
森村さん:コロナ禍で、外で遊べず、閉鎖空間でデジタルデバイスに触れる時間や期間が長かったことから、近視や近視予備軍のような方たちが増えたのだと思います。その是正策を今、打つ時だと思っています。
井上先生:近視が、将来の様々な病気のリスクファクターであることは以前から証明されています。近視の度合いが強度になればなるほど、そのリスクは高まりますので、強度近視にならないようにするにはどうしたらよいかが重要です。そのためにはやはり、親が知識を持つことが必要です。子どもに、「近視になると、将来、網膜剥離のリスクがあるよ」と言っても、「それって何?」となるでしょう。また、そもそも近視は親からの遺伝であることも多いです。まずは親が近視のリスクを知ることが、自身の健康にとっても、子どもの健康にとってもよいはずです。
事務局:一般的に、近視はメガネやコンタクトレンズで矯正できるということで、あまり危機感を持たれない保護者の方も多いのではないかと思いますが、いかがでしょうか?
井上先生:視力矯正のことだけでなく、近視は緑内障や網膜剥離、その周辺部の変性症などのリスク要因となります。一生を正視*¹のまま終えることは難しいとして、子どもに人生の長い期間そのリスクを抱えさせるのは避けたいですよね。子どもたちは、ただ好きだからとスマホやタブレットを長時間見ているわけで、病気のリスクを自覚するのは難しいです。だからこそ、親や先生、私たちのような医師や、調査などを行なっているメーカーの皆さんで、しっかりとサポートしていく必要があると思っています。3歳児健診から始まって、学校であれば学校医が行う学校保健委員会などの機会を通じ、まずは親に近視のリスクを啓発したいですし、子どもも一緒に参加できるセミナーをやったりしても面白いと思いますね。
森村さん:私たちも、眼科医の皆さんと一緒に様々な媒体を作り発信したりしていますが、情報を必要とする人たちに、必要なタイミングでいかに提供できるかが一番重要だと感じています。例えば、弊社の活動の一つ、『「めまもり」プロジェクト』では、未就学児だけでなく、10代から高齢の方までを対象に、目の健康に関する情報提供をしています。多くの方の目の健康寿命を伸ばすための行動につながることを目指しています。
近視の治療と進行の抑制について
事務局:近視になってしまったら、なんらかの対策はあるのでしょうか?
井上先生:最近では様々な治療法が出てきています。例えば、海外で行われている「低濃度アトロピン点眼薬」や「オルソケラトロジー」などは、日本ではまだ保険適用外ですが自由診療で入ってきていますし、私の病院でも扱っています。日本人を対象にした効果の証明も含め、まだ課題はありますが、最先端のものを取り入れ、選択肢がある中で、その人に合った治療を行えるのが理想ですね。
森村さん:私たちも新しい治療法を様々なかたちで生み出していきたいと思っています。医師の方々と協力させていただき、サイエンスに基づいた製品を打ち出していかなくてはなりません。
井上先生:外あそびも、近視抑制の方法・選択肢の一つなのだと思います。何より、外あそびは、体全体を動かすことが健康的ですよね。長時間、凝り固まった姿勢でいるよりは、気分転換にもなりますし、仲間とのコミュニケーションの時間にもなります。自分たちの世代が自然にやっていた様々なあそびを、今の子どもたちにも体験させてあげたいなと思います。
森村さん:先生のおっしゃる通り、外あそびは脳の発達を促したり、友だち関係を育むなど様々な効果があります。コロナ禍を経たこのタイミングで、外あそびの推進を含め、近視抑制のための啓発活動を行うことはとても意義のあることだと思っています。2050年には全世界でおよそ50%が近視になると言われていますし、目の網膜を定期的にチェックすることが、目以外の様々な病気の発見につながることもわかっています。眼科にかかり定期的に目の状態を診てもらうこと自体がとても重要だと思うので、弊社としても、製品開発も含め、多くの方がそういう行動をしていけるように啓発活動にも取り組んでいきたいと思います。
対談を終えて
井上先生:医師として、企業として、協力しながらそれぞれの立場でできることがまだまだあるなと改めて感じられました。目指すところは一緒なので、ともに頑張っていきたいですね。
森村さん:私たちは目の健康寿命を延ばすことによって、寿命自体にポジティブな影響を与えたり、クオリティ・オブ・ライフの向上に繋げたりしていきたいと思っていますが、今日の対談を通じて、これまでの活動が間違いではなかったとの思いを新たにしました。井上先生からいただいたご意見やご提案も引き続き検討しながら、今後も子どもの目を守る活動に取り組んでまいります。