2023.09.15
対談シリーズ
日本眼科医会 会長 白根雅子先生×Deportare Partners代表 為末大氏
子どもの「生きる力」を育む「あそび」と「学び」とは?
外あそび推進の会事務局(以下、事務局):まずは、自己紹介をいただけますでしょうか?
白根雅子先生(以下、白根先生):私は眼科医の立場から子どもたちの目の健康を守る活動に取り組んでいます。2018年より日本眼科医会の会長を務めており、子どもの近視の増加とその将来的なリスク、また、近視を進行させないようにすることの重要性について、国民の皆さまへの認知向上にも力を入れています。本年からは、6月10日を「こどもの目の日」に制定しました。子どもの視力が発達するのが「6歳」くらいまでということと、近視が進むと「視力1.0」を保ちづらくなることから、覚えやすく「6月、6歳で視力1.0」の記念日です。
為末大さん(以下、為末さん):私は2012年まで競技生活を送っていましたが、今は会社経営や選手への指導など様々なプロジェクトに携わっています。子どもたちとの関わりでは、例えば小学校でハードルの授業を教えるといったこともやっています。日本中で延べ50校くらいは回りました。技術的なことよりは、とにかく怖がらず、楽しくやるということを目指しています。子どもたちが楽しめる運動法やその推進に取り組んでいます。
事務局:為末さんには「外あそび推進の会」におきましても、発起人として国会議員の勉強会やシンポジウム等でその重要性を啓発していただいております。
為末さん:自分の子育てを通じて、今の子どもたちが、昔に比べても本当に外あそびをする環境がないことを知り、なんとかしたいと思っていましたし、 遊ぶ ことは、身体の様々な動きを知ることに繋がるので、子どもたちが将来スポーツをやる上でもすごく重要なんです。今は、学校で子どもたちと一緒に鬼ごっこをやったりとか、子どもたちと(国の政策に対する)提言を行ったりといった活動にも関わらせてもらっています。
子どもは日々どうやって過ごすべき?
白根先生:人間は生物として自然の一部分として生きていると思いますので、特に幼児期は、自然に触れながら、自身が持つ自然の力というものを育んでいく時期であるのがよいですよね。「外あそび」というのは、その中心的なものになると思っています。為末さん:「本来」を「原点」と捉えると、例えば、私はスポーツをやっている中で、スポーツの原点ってなんだろうと調べたことがあります。それは「デポルターレ」といって、「日常から離れて憂さを晴らす」という意味があるんです。感覚としては、都市部から郊外へ離れて、そこで自由に何かをするといったイメージです。「スポーツ」の定義は様々ありますが、私は「身体と環境の間で遊ぶこと」がスポーツだと思っています。子どもたちにも、自分の身体と外部の環境との間で、一生懸命楽しく遊んで欲しい。木登りや原っぱで遊ぶとか、自由な動きをたくさんできる、そんな環境を作ってあげられたらいいなと思います。
「あそび」と「学び」の関係性はどうあるべきか?
為末さん:私も白根先生と同じく、基礎学力は必要だけれど、比重が受験に寄ってしまっていると感じます。その上で、改めて「あそび」にどんな学びがあるか。一つには「予測のできないことに臨機応変に対応していくこと」が挙げられると思います。あそびはいつも臨機応変的です。今、友だちがやったことに対して、今、自分が思いついたことを試す。これは、ゴールに向けて積み上げていった方が成果の出る「学力を高めるための学習」とは全く異なります。しかし、予測の難しい社会では、ゴールのない中で、お互いが即興的に試し生み出していく能力の重要性も高まるはずです。子どもの年齢が上がり中高生になったとしても、あそび的なものから得られる力は、一層大事な学びになるのではないかと思っています。
白根先生:あそびは社会性を育む意味でも大切ですし、生物学的にも重要です。脳は後頭葉から発達するといわれていますが、目から入った様々な情報は、後頭葉で認識されます。眼科医の視点からすると、視覚を通しての経験が豊かで多いほど、脳にとってもよい刺激になるのではないかと思います。例えば屋外でのあそびの中では、自然、距離、色、昆虫が動くといった視覚的な経験をしますから、子どもの発育過程にとって非常に重要だと思います。
これからの時代、子どもたちに身につけさせたい力
事務局:現状の日本の教育で、世界で活躍するグローバル人材を育成できるでしょうか?
為末さん:私自身、社会に出てはじめて、いろんな能力を持ち、いろんな方向を向いている人たちに出会い、「それでいいんだ」と気付かされたことがあります。もっと若い時、高校・大学くらいから、そういう多様な評価があるとよいですよね。
白根先生:多様な評価は、まさにキーポイントだと思います。例えば、海外の大学入試では、学力のように点数化することができない、いわゆる非認知能力についても、判断の基準やルールがあります。日本では、その点が発展途上であり、子どもたちの評価方法の多様化は取り組むべき課題だと思っています。
為末さん:「グローバル」といっても、世界中、本当にいろんな人がいます。そこで大切なのは、「隣にいる考え方が違う人とどうやって協調してやっていくか」ということですよね。現状の日本の学校教育や入試では、スポーツでいえば陸上競技的な個人技の評価しかできないのが問題なのだと思います。グローバル人材に求められるのは、リーダーシップやコミュニケーションを通じて、いろんな人たちとともに価値を生み出していく力だと思います。
白根先生:私の個人的な経験からも、どんな国の方々、文化的背景の異なる方々とも、心地よいコミュニケーションができる力を身につけることが大切だと感じます。誠実さや正直さ、倫理観など、そういう基本的な素養は国境をこえて普遍的です。そのような素養を育み、評価する教育であってほしいと思います。
日本の子ども・教育政策への期待
為末さん:幼稚園から高校まで、数年ずつの細切れで子どもたちのモードを切り替えさせるような「システムに合わせた子育て」から、「子どもたちに合わせたシステムの構築」に移行できたらいいと考えています。子どもたちはシステムに合わせて成長しているわけではありませんよね。例えば、幼稚園から小学校に入った途端、ずっと着席させられるスタイルに変わりますが、子どもって小学低学年くらいまでは、座っていられないのが自然なのではないでしょうか。そういった変化をもう少し緩やかにできないだろうか、ということです。
白根先生:子どもが子どもらしく過ごすには、やはり自由な時間と空間が必要ではないでしょうか。自由に、ぼんやりと空想したり振り返ったりすることが、自分の中に経験や考えを定着させていくことにつながると思います。あまり忙しすぎるスケジュールは、子どもらしさを育むのには好ましくないのではと思います。
為末さん:これまで「こんな大人になりましょう」というゴールから逆算して、教育の仕組みを作ってきたんじゃないかという気がします。よき労働力にするために教育があるというのも本質からずれていると思いますし、何より、ゴールとする未来は、もう誰にも見通せない時代に入ってきました。むしろ、子どもたちの可能性を信じてそのまま拓いて あげる方がスムーズな社会適応や多様な社会をかたちづくっていくことにつながるのではないでしょうか。こども家庭庁は、子どもをよく観察し、子どもの声をよく聞き、どんな方向に発展していきそうかというところからルールを変えていけるとよいと思います。
白根先生:私もその通りだと思いますね。今、政治を担っていらっしゃる方々は、自らの子ども時代を振り返ることはできますが、世代がまったく違うわけです。ですから、政策を考え国の未来を決める立場にある方々は、子どもやその親など様々な世代の人たちの声を聞き、大事なことを見極めていただきたいです。子どもたちは、国の未来を担う本当に大切な存在です。少子化も一層進んでいますし、子どもに関わる政策を「10年先にしよう」ではなくて、スピード感を持って「今年やっていこう」と毎年目標を定めてやっていただきたいです。子どもはあっという間に育ちますから、10年後というのはもう遅いのです。
為末さん:一方で、「子どもを中心に社会が変わっていく」というのは、政府・行政にしかできない仕組みづくりの部分と、市民の側で意識していくことの両輪が必要です。社会全体で、みんなで子どもたちを育てていくようになっていかなくてはならないと思います。
白根先生:特に政策的には教育の機会均等を望みます。親の経済力による教育格差がない状況は、国力という観点からも、子どもの公平な人生という観点からも、重要ではないでしょうか。国として、それは未来への投資と考えます。
対談を終えて
為末さん:日本には様々なアジェンダがありますけれど、子どもの育つ環境づくりがとても大切だと改めて思いましたね。ぜひ教育も含め、社会の仕組みが子ども中心に変わっていくといいなと思います。
白根先生:私はずっと医学の道を歩んできて、それなりに狭い世界にいると自覚していますが、今日は為末さんとご一緒して、スポーツを極められた方の視点で、子どもたちを育む環境の大切さや子どもたちが学ぶべきことについての考えを聞くことができ、とても共感しました。わたし自身の視野をさらに広げる機会をいただいたと思います。