2023.08.22
こども政策への期待(日本眼科医会 会長 / しらね眼科院長 白根雅子先生)
1. こども時代は自然と共に
乳幼児の脳は、「情報」と「愛情」という栄養を受け取り、めざましく発達します。家族の声、駆ける子犬、花畑を舞う蝶、肌に心地よいそよ風といった周りの森羅万象が五感を通して脳に集結し、人間らしい感性が育ちます。
小学生になると、自然を観察し、その神秘に「なぜだろうと」と疑問がわき、それを解くために時間を忘れて考えを巡らせ、観察力や集中力が培われていきます。
2. 大人の社会と生活
こどもの心豊かな成長には自由な空間と時間が必要で、そのためには周りの大人にも「ゆとり」が求められます。昨今「働き方改革」が推進され、長時間労働は必ずしも美徳ではない、という意識変化のもとに、メリハリのついた働き方が浸透しつつあります。働き方が見直され、自由時間が増えたら、こどもと一緒に夜空の星をながめたり、新緑の山、まぶしい海、白銀の世界を楽しんで欲しいと思います。
日本には「単身赴任」という働き方スタイルがあります。これは両親の孤独、ワンオペ育児のストレスを招き、家庭のくつろぎを損なっているように見えます。こどもを真ん中に置いて家族が一緒に過ごす「宝物」のような時期は限られているのに、残念に思います。
コロナ禍を経て浸透しつつあるリモートワークを最大限に活用し、出張や単身赴任を最小限にして、子育てを楽しむ時間ができれば、仕事へのモチベーションも高まるでしょう。それは、こどもの健全な成長にとどまらず、経済の活性化や少子化問題の解決という好循環にも繋がるのではないでしょうか。働く人達の幸せな環境作りに向けて、国は是非リーダーシップを発揮していただきたいと思っています。
3. 大学入試のありかた
大学入学の選抜を学力試験に頼っていることは、こどもに勉強偏重の生活スタイルを強いています。
北米では、学力の判断は標準テストを用い、extracurricular activitiesの実績やエッセイの提出により評価がなされ合否が決まります。必要以上に学力が求められないため、高校生までは興味ある活動に熱中し、独創性や達成感を育むことができます。
我が国に目を転ずると、学力を磨くための「塾」が盛況です。学校外教育である「学習塾」のあり方は、十分に吟味されているのでしょうか。私自身、将来を見据えて必要である、という思い込みから、こどもたちを小学生高学年で塾に通わせました。「放課後、夜遅くまで、強制的に机に向かわされるのは本当に嫌だった」と、のちに聞かされ、かわいそうな事をしたと心が痛みました。こどもは大人に逆らうことはできません。「学習塾」が、家族や自然と過ごす時間を割いてでも通う意義があるものになっているかどうか、 自省も込めて問いかけたいと思います。
4. 眼科の視点から
1) 視機能の発育とデジタルデバイス
人の情報の80%は目から入るとされます。目は脳の一部であり、網膜に映った映像は、視神経を経て脳の中を進み「視覚野」がある後頭葉で認識されます(図1)。その途中で、運動神経、言語神経などに情報がつながり、 乳幼児期には運動機能やことばが著しい発達を遂げます。脳の発達は後頭葉から始まるとされており、「見る」という機能は脳と身体の発達に少なからぬ影響を及ぼします。
IT化社会となり、デジタルデバイスを使う事が、こどもの目に影響しないかと懸念されています。近距離の画面の凝視は、過剰な調節や不自然な眼球運動を強いて、両眼で物を立体的に見る機能の発育を妨げる可能性もあります。また、こどもを自然から遠ざけ、人工的な生活を強いてしまうことも心配です。WHOのガイドライン(図2)でも、幼児期まではスクリーンタイムを制限することが推奨されており、こどもの心身の健やかな成長の観点から、デバイスの適正使用を心がけて欲しいと思います。
図1:目と脳のはたらき
2) 屋外活動の意義
1日のうち2時間以上を屋外で過ごすことは、近視の進行を抑制するとされています。近視は将来深刻な目の病気を起こすリスク要因であることが分かっており、生涯にわたり健やかな視力を保つためにも、屋外で自然に触れることの重要性を強調したいと思います。
図2:こどもの生活ガイドライン
5. こどもたちの「生きる力」を育もう
こどもの心身の発育に最適な成育環境の整備は、大人が果たすべき重要な役割であることは言うまでもありません。自然とともに過ごす「外遊び」を推進することは、やがて待ち受ける様々な試練に立ち向かう「生きる力」をはぐくみ、混迷する世界情勢の中、未来への希望に繋がります。
人生のスタートに立つこどもたちに、幸せな時間を過ごして欲しいと願っています。